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    死者とは?|死生観から理想の死者像を考えたい

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    死者とは死んだ人のこと

    死者とは辞書によると「死んだ人、死人」です。では、「死」とはどういう意味でしょうか。辞書で引いてみると「死ぬこと、物事が死んだようなさま」とあります。さらに「死ぬ」について調べてみますと「息が絶える、命がなくなる、活気がなくなる、生き生きしなくなる」という記載があります。

    死者の意味をチェック

    法医学から死者の意味を調べてみました。

    法医学から見た「死」は以下に掲げる3つの兆候があることです。

    1. 呼吸停止
    2. 心拍停止
    3. 瞳孔の対光反応の停止

    この3つがそろった上で多くの臨床医が「死」の判定を行い、「死」と判断された人は死者となります。

    しかし、最近はこの3つの兆候のみでない「脳死」の問題が取りざたされています。

    脳死は生命維持機能を司る全脳の働きが停止している状態ですが、肉体の機能がはたされなくなっても魂が宿っているという考えが日本にあり、「脳死」が人の死であるか否かはいまだに議論が尽きません。

    死者の類義語・反対語は 

    死者の類義語に「故人」という言葉があります。縁がある人であれば「故人」といいますが、縁もゆかりもない場合は「死人」「死者」として一括りの扱いになります。

    反対語は「生者」(しょうじゃ)です。生きている人という意味ですが、「死者」に対する言葉として、生死が分かれる場面で生き延びた人という意味もあります。

    死者は英語で「dead」

    死者は英語で「dead」といいます。「dead」は日本語の「死者」の他にもさまざまな意味があるところが興味深いです。たとえば、「枯れた」「死んだように動かない」「静まり返っている」「無感覚の」「まひした」という意味があります。海外で「死」とは、生命体の有無だけではないのでしょう。

    死の意味についても考えてみたい

    死者とは肉体の機能が停止して死んでいる人のことをいいます。一方で「死」「死ぬ」という単語のみだと、直接的な「死」以外に比喩的に「死んだように生気や活気のない状態」「生き生きしていない」ことも含みます。こうしたことを踏まえ、死の意味について言及してみましょう。

    死は誰にでもおとずれる

    人は誰でも赤子として誕生し、成長や衰退をしながらある程度の年月を生き、やがて死ぬものです。生と死は裏腹なもので、人が生まれた日時を出生届に記載されるように、亡くなる日時も死亡診断書に記載されます。

    人は生まれた環境、容姿などで人生の違いはありますが、誰しもがいずれ死者になるという点では平等といえます。アニメや漫画のキャラクターにあるような永遠の命は、実際には存在しません。

    生き生きしていないとはどういうことか?

    「生き生き」とは辞書で見ると、生気にあふれて勢いのよいさまです。「生き生きしていない」というのは、その逆で生気にあふれず勢いのないさまとなります。がっくりしたような力尽きたような様子でしょう。

    何か困ったことや重要な悩みがあり、生きることに前向きになれない様子も「生き生きしていない」と表します。要するに生きているにも関わらず、生気がないため「死者」のように見えるということです。

    死を迎える場所を考える

    死は平等で誰でもいつかは死者になります。人によっては残念ながら、事故や不慮の死で突然ということもありますが、死に向けた準備をおこなう時間がある場合、死を迎える場所も選ぶことはできます。

    たとえば、高齢者施設に入った場合、亡くなるまで施設で面倒を見てもらえるため、死に場所も施設になるケースが多いでしょう。老後の生活を自宅で過ごしたいのであれば、死に場所は自宅か、もしくは病院となります。

    ここに2018年の厚労省の老後に関する意識調査の結果があります。答えた人の7割が「家族の負担にならないことが大事」と答えている一方「病気だが判断力が衰えていなければ、自宅にいたい」という回答が47.4%と、全体の中で一番多かったです。また、認知症であれば介護施設という回答が全体の約半数でした。

    死生観から考える理想の死者像

    生と死に関する見方である「死生観」から、理想の「死者像」を考えてみます。死とは肉体的なもののみでなく、精神的に生気を失っている状態も意味します。そのような視点から、終活についても考えることで、理想の死者像が見えるのではないでしょうか。

    終活を通し理想の死者像を考える

    終活とは、やがて迎える人生の終わりのための活動です。人それぞれの意識に違いがあるために一概にこういうこととは定義できませんが、やがておとずれる死を前向きにとらえた活動といえます。いわば理想の「死者」となるための準備段階です。

    死を迎える準備をする

    死を迎えるための準備は、いろいろあります。人によっては、エンディングノートを活用する場合もあるでしょう。また、家族のために資産運用する、遺言状をつくるなど、さまざまな活動が考えられます。死後の心配をせずに死を迎え入れるための準備です。

    老いてからの住処を考える

    例えば50代になり子供たちが家を離れていくなどをきっかけに、自らの今後について考える人は多いものです。自分に何かあったときに家族に迷惑をかけたくないと思う人も多いでしょう。そのため、元気に活動できるうちに老後の住処を考えておくのも終活の一つです。

    たとえば、持ち家を処分して住みやすいマンションにする、今の場所だと病院に遠くて不便なので便利な場所に引っ越すなど、いざというときの備えのために生活を見直します。また早期に夫婦でセキュリティーが充実した介護向けのマンションに引っ越すというのも、その人なりの終活です。

    より楽しく生きることを考える

    より楽しく生きることを終活とする場合もあります。悔いを残してこの世とお別れしたくないという考え方です。

    たとえば、今までやってみたかった習いごとにチャレンジする、行ってみたかった場所に行ってみるなど、人それぞれの楽しみがあるでしょう。やがて、死を迎えるときに楽しい一生だったと満足しながら逝きたいものです。

    肉親や身近な人の死から死生観を学ぶ

    肉親や身近な人の死を経験して、自らの死生観を学んだという人もいるでしょう。

    たとえば、自らの親が不慮の事故などで突然亡くなってしまった場合、死への意識も準備もなかったために、残された遺族が困ってしまうこともあります。肉親を突然亡くした悲しみはもちろんですが、故人の資産がどこにどのくらいあるのか分からなかったり、パスワードが分からずパソコンが開かなかったりといったことが考えられるでしょう。

    そんなことを経験している人は、自分に万が一のことがあっても家族が困らないように、あらゆる情報を整理しておこうと考えるものです。準備しておくことで前向きに生きられるようになります。

    国による死生観の違いと死者像

    国によっても死生観は違います。今回はタイ、メキシコそしてスイスにおける死生観とそれぞれの死者像を調べてみました。

    死体博物館のあるタイ

    タイのバンコクには「シリラート死体博物館」があります。別名「法医学博物館」と呼ばれる施設で、その名のとおりに遺体の写真や奇形児のホルマリン漬けの他に凶器や人骨、ミイラといった、日本では考えられない数々が展示されています。

    こうした展示が許されるのは、タイの死生観が日本と違うからです。タイには肉体よりも魂を大事にするという考え方があります。そのため、死者を軽んじているのではなく、研究の一環として展示することで今後の研究に役立てるねらいがあります。

    タイで人が亡くなると埋葬は火葬ですが、お墓はなく骨は山や海に散骨されます。死者の魂は永遠という考え方なので、お墓参りではなく寺参りをして故人の魂に寄り添う人も多いものです。

    「死者の日」を祝うメキシコ

    メキシコは死をハッピーなものととらえ、日本のお盆にあたる「死者の日」を華やかに祝います。死者の日は生きている人が故人への愛情をたくさん表す日とされ、華やかな宴を催して明るく愛を示すのです。町中が花でいっぱいになり、お菓子やパンなどを供えた祭壇を用意して多くの人が死者の日を楽しみます。

    メキシコ人は死は生の終わりでなく、これから続く永遠の命のための明るいステップだという死生観をもっています。その背景には、スペインから独立するまでに多くの犠牲を払った壮絶な過去の歴史もあるのでしょう。つらいことを考えれば、キリがないのでどんなことも、ポジティブに考えていこうというメキシコ人ならではの気質も関係しているのです。

    自殺ほう助を認めているスイス

    スイスでは医師による安楽死が認められており、そこには定められた4つの条件があります。

    1. 病気などで耐えられないほどの苦痛がある。
    2. 苦痛の回復が見込めない
    3. 医療ではどうにもならない。
    4. 本人の強い意思と家族の同意がある。

    スイスの他、オランダも安楽死を認めています。こうした国々では、日本の医療のような緩和ケアの体制が整っていないことも、安楽死や尊厳死を認める理由の一つになっているのでしょう。

    また患者と医師のつながりが濃厚なため、気持ちを受け入れられる体制ができあがっているという背景もあります。命の限りを自分で選択できる死生観は、個人の意思を周囲で支えようという社会のしくみにより成り立っています。

    まとめ:死生観によって理想の死者像ができる

    理想的な死者像とは、人それぞれの死生観により異なります生きているうちに理想の死者像を探っていくことも、その人なりの終活と言えるでしょう

    出典:「現代国語例辞典」小学館

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