MENU

【筆者撮影写真あり】古墳は墳丘のお墓!古墳時代・古墳の形・大きさランキング・最北と最南の古墳・よくある疑問を解説

本ページはプロモーションが含まれています。

目次

古墳は土を高く盛り上げて作られた古代のお墓

古墳(こふん)は、土を高く盛り上げて作られた古代のお墓です。

土塁の中には、埋蔵施設が作られており、そこには棺(ひつぎ)の他に埴輪やさまざまな埋葬品が供えられています。棺の形や素材は地域によって異なります。

遺体とともに入れられていた埋蔵品は時代や地域により異なりますが、下記のものが出土されています。

  • 甲冑
  • ガラスの器
  • 鉄刀
  • 青銅の鏡
  • 矢じり
  • 貝の腕輪

古墳は弥生時代(紀元前10世紀〜3世紀中頃)から大規模化していった

古墳は、紀元前10世紀~3世紀中頃から大規模化していったと言われています。土を積み上げる技術は徐々に進み、古墳の周囲には濠(ほり)や堤(つつみ)も作られるようになりました。

また、大きなお墓に入ることが権力の象徴でもあったと考えられています。

古墳が盛んに作られた時代を古墳時代(3世紀中頃 – 7世紀頃)と呼ぶ

上記で説明しました古墳が盛んに作られた時代を古墳時代と呼びます。時期は3世紀中頃~7世紀頃でした。

古墳時代は弥生時代と飛鳥時代の中間にあたります。

古墳は近畿地方を中心に現れた

古墳は近畿地方を中心に現れました。特に大型の古墳は当時の大和地方にあたる奈良県や大阪府南部が中心になっています。

このことから、当時の中心地が大和地方であったと推測できます。古墳に入れるような権力を持った豪族などが大和地方に多く住んでいたのでしょう。

奈良県明日香村は古墳で有名です。以下は筆者が実際に行って撮った写真です。

①高松塚古墳

高松塚古墳は、奈良県の国営飛鳥歴史公園内高松塚周辺地区にある古墳です。石室の壁画でも知られています。

二段式の円墳で7世紀末から8世紀にかけて築造されました。埋葬されている人物は不明です。

②石舞台古墳

石舞台古墳は6世紀に築造されたと言われ、埋葬されているのが蘇我馬子であるという説が有力です。なぜならば、付近に馬子の庭園があったからです。

巨石30個を積み上げられていることが有名な日本最大級の石室古墳です。盛土がなくなり、天井石の上部が平らになっていることから、石舞台古墳と呼ばれています。

葬られたのは古墳時代の指導者やその一族

上記の石舞台古墳でもわかりますように、古墳に葬られたのは、古墳時代の指導者やその一族と言われています。しかし、まだ解明されていない謎も多いものです。

たとえば、後に説明するその大きさでも有名な仁徳天皇陵ですが、ここに葬られている人物が仁徳天皇であるかどうかは定かではありません。

古墳の形

古墳には個性的な形があります。ここで代表的なものを4つご紹介します。

前方後円墳

https://www.city.sakai.lg.jp/shisei/koho/citypromo/a_side_b_side/kofun_nazo.htmlより

円墳と方墳が合体したような形で、鍵穴のようにも見えます。巨大と言われる古墳のほとんどがこの形です。

代表的なのは仁徳天皇陵古墳でしょう。

帆立貝形墳

https://www.city.sakai.lg.jp/shisei/koho/citypromo/a_side_b_side/kofun_nazo.htmlより

前方後円墳にも似た形ですが、こちらは帆立貝形古墳です。古墳時代の中期に作られていたと言われます。子のお墓が作られていた時期は、前方後円墳に見られる大きな前方部を付けることが、禁じられていたという節があります。

円墳

https://www.city.sakai.lg.jp/shisei/koho/citypromo/a_side_b_side/kofun_nazo.htmlより

円墳はその名の通り、円型の古墳で当時一番スタンダードだったのか、日本で一番多い形です。直径2~3mmの小さなものから、100mの大きなものまであります。一番よく作られたのは、古墳時代後期です。

方墳

https://www.city.sakai.lg.jp/shisei/koho/citypromo/a_side_b_side/kofun_nazo.html より

こちらは四角い形の古墳です。古墳時代全般でよく見られます。後半には大王の墓がこの形に変化していったとも言われています。

古墳の大きさランキング ベスト5

古墳の大きさを比べてみたところ、以下のような結果になりました。1つずつ解説します。

1大仙陵古墳(仁徳天皇陵)

2誉田御廟山古墳(応神天皇陵)

3上石津ミサンザイ古墳(履中天皇陵)

4造山古墳

5河内大塚山古墳

No.1 大仙陵古墳(仁徳天皇陵)

https://www.sakai-tcb.or.jp/spot/detail/126 より

大仙陵古墳は仁徳天皇陵とも呼ばれます。どちらかというと後者に呼び方の方がメジャーです。その特徴を下記に挙げました。

  • クフ王ピラミッド、始皇帝陵と並ぶ世界大墳墓
  • 5世紀頃に作られた全長486mの日本最大の前方後円墳
  • 百舌鳥耳原三陵の一つ
  • 3段に築成された墳丘
  • 周囲には三重の濠がある
  • 10基以上の陪塚

No.2 誉田御廟山古墳(応神天皇陵)

https://osaka-info.jp/spot/kawachi-otsukayama-tumulus/ より

誉田御廟山古墳は、応神天皇陵とも呼ばれます。以下に特徴を挙げました。

  • 墳丘長約425メートル、後円部直径250メートル、高さ35メートル、前方部幅300メートル、高さ36メートル
  • 百舌鳥古墳群で仁徳天皇陵に次いで2番目の大きさ。
  • 土の量は約143㎥なので仁徳天皇陵を上回る。
  • 三段の墳丘で斜面一面に石が葺かれている。
  • 5世紀前半の築造
  • 家・水鳥などの形象埴輪の他に、蓋形の木製品やクジラ・タコなどの土製品があることでも有名

No.3 上石津ミサンザイ古墳(履中天皇陵)

https://www.sakai-tcb.or.jp/spot/detail/160 より

上石津ミサンザイ古墳は履中天皇陵、百舌鳥原南陵、石津ヶ丘古墳とも呼ばれています。

  • 全長365m、後円部径205m、高さ約27.6m、前方幅235m、高さ25.3m
  • 5世紀前半に築造。
  • 百舌鳥耳原三陵の一つ
  • 3段築成の墳丘
  • 墳丘西側のくびれ部分に造出しがある。
  • 宮内庁が管理している。

No.4 造山古墳

https://www.okayama-kanko.jp/spot/10082 より

造山古墳は岡山県岡山市にあります。

  • 5世紀前半の前方後円墳
  • 全長約350m、後円部径約224m、高さ約27~32.5m
  • 三段築成
  • 後円部に墳頂に形象埴輪、墳丘斜面の各段に大量の葺石、円筒埴輪列がある。
  • 墳丘上まで上ることができる全国最大の前方後円墳
  • 6基の陪塚がある。

No.5 河内大塚山古墳

https://osaka-info.jp/spot/kawachi-otsukayama-tumulus/ より

河内大塚古墳は大阪府の松原市と羽曳野市にまたがっています。

  • 墳丘長約335メートル、後円部約185メートル、前方部の幅約230メートル
  • 幅35~70mの濠がある。
  • 前方後円墳の最終段階
  • 5~5世紀のもの

日本最北の古墳は?日本最南の古墳は?

日本最北の古墳、最南の古墳をご紹介します。それぞれ北海道と鹿児島県にあります。

日本最北の古墳は江別古墳群(北海道)

https://www.city.ebetsu.hokkaido.jp/site/kyouiku/2925.htmlより

江別古墳群は、昭和5年に後藤寿一氏により16基発見されましたが、昭和55年には21基に増えました。

  • 径3~10m、高さ0.3~1m
  • 円形か長円形の墳丘に馬蹄形に周溝があった。
  • 周溝は径8~10mの大型の他に中小がある。
  • 北海道と本州の律令支配の関係がわかる。

日本最南の古墳は塚崎古墳群(鹿児島県)

https://kankou-kimotsuki.net/archives/introduce/tsukazaki-kofun-claster より

塚崎古墳群は高山エリアの古墳群です。

  • 前方後円墳5基、円墳39基
  • 1945年に文化財に指定された。
  • 一番大きい古墳は第39号古墳(花牟礼古墳)は長さ約80m 高さ約10m、高80m、約10mの前方後円墳

古墳のよくある疑問

古墳の疑問を集めてみました。

日本で一番大きい古墳は?

仁徳天皇陵、またの名称は大仙陵古墳です。

古墳が多く点在しているのは何地方?

近畿地方です。特に大型の古墳は、当時の大和地方にあたる奈良県や大阪府南部が中心でした。

古墳の形は何種類ある?

大まかに分けて4種類です。前方後円墳、帆立貝形古墳、円墳、方墳があります。

古墳が大規模化し始めたのは何時代から?

紀元前10世紀〜3世紀中頃の弥生時代からです。

紀元前10世紀〜3世紀中頃の弥生時代からです。

3世紀中頃 – 7世紀頃です。

まとめ:古墳は古代のお墓で当時の権力の象徴だった

古墳は古代の権力者のお墓です。弥生時代から築造されるようになり、3~7世紀になりますと、古墳が多く作られた古墳時代になります。

時代が進むにつれ、その権力を見せつけるかのように、お墓が巨大化していきました。

近畿地方に多く点在していることから、当時の日本の権力の中枢が関西もあったことがわかります。

形は前方後円墳など4種類あり、日本一大きな古墳とされる仁徳天皇陵ともいわれる大仙陵古墳は前方後円墳です。

そして日本の最北にある古墳は北海道の江別古墳群、最南は鹿児島県の塚崎古墳群となっています。

このようにいろいろなことが解明されてきた古墳ですが、今だにまだ解明されていない事実も多くあります。今後の研究に期待したいものです。

目次
閉じる