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無縫塔とは?どんな塔?意味や語源、卵塔場、碧巌録、五輪塔や宝篋印塔との違いも紹介

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目次

無縫塔とは台座上に卵形の塔身をのせた墓石を指し僧侶の墓に用いられる

無縫塔は「むほうとう」と読み、台座上に卵形の塔身をのせた墓石を指し僧侶の墓に用いられます。

無縫塔は「卵塔」とも呼ばれ「卵塔場・蘭塔場」は墓地を指す

無縫塔は塔身の形が卵に似ていていることから「卵塔(らんとう)」とも呼ばれています。

また「卵塔場(らんとうば)」は墓地を意味し、「蘭塔場」とも表します。

この記事では、普段聞きなれない「無縫塔」の歴史や語源、構造、五輪塔や宝篋印塔との違いを以下の見出しで紹介します。

無縫塔は鎌倉時代禅宗とともに宋から伝わり2つの形がある

無縫塔は、鎌倉時代禅宗とともに中国の宋から伝わりました。

中国語で無縫塔は以下のように表します。

・卵形塔身的石塔 luǎnxíng tǎshēn de shítǎ
・无缝塔 wúfèngtǎ

当初無縫塔は禅宗の僧侶のお墓として用いられていましたが、江戸時代になると、大名などの身分の高い人にも広がり、現在では宗派にかかわらず僧侶のお墓のスタイルとなっています。

無縫塔には2つの形がある

無縫塔には2つの形があり、「基礎・竿(柱)・中台・請花・塔身」の5つから構成されるものと、「基礎・請花・塔身」の3つから構成されるものがあります。

・「基礎・竿(柱)・中台・請花・塔身」の5つから構成される無縫塔を「重制」
・「基礎・請花・塔身」の3つから構成される無縫塔を「単制」

と呼ぶ場合もあります。

参照:お墓の歴史 鎌倉~室町時代(西暦1185年~1573年) 金光泰觀墓相研究所

「基礎・竿(柱)・中台・請花・塔身」の5つから構成される重制の無縫塔は、以下のような形です。

参照:文化財ナビ愛知 愛知県指定構造物 長慶寺 無縫塔

長慶寺の「無縫塔」は、南北朝時代(鎌倉時代~室町時代)の作といわれています。

塔身は高さ22cmと背の低い卵形であり、下に単弁と小花付きの円形の請花(うけばな)を置いている。その下は塔身を受ける円形の座と中台との接着面にも円形の座を設けている。
中台は上部に16葉の複弁を彫刻した八角形をしており、竿石は八角形で正面に「開山」と彫刻された2字がみえる。
基礎は八角形で、短い足がつき、上部に8弁の複弁と角に単弁の返花を彫刻し、側面は格狭間(こうざま)とする受け座を造っている。

引用元:文化財ナビ愛知 愛知県指定構造物 長慶寺 無縫塔

また「基礎・請花・塔身」の3つから構成される単制の無縫塔は以下のような形です。

参照:文化遺産オンライン 徳島藩主蜂須賀家墓所

「徳島藩主蜂須賀家墓所」は国の史跡名勝天然記念物です。

歴代藩主・家族の墓石は,いずれも大型の花崗岩製で,五輪塔,無縫塔,櫛形塔の3形式があり,なかでも寺名の元となった2代藩主興源院忠英の墓石は,高さ4.24mの巨大な無縫塔である。

引用元:文化遺産オンライン 徳島藩主蜂須賀家墓所

無縫塔の流れを見ると、重制の無縫塔の方が単制の無縫塔よりも年代が古く、また単制の無縫塔は塔身が長くなり、より引き立つ作りに変化しています。

無縫塔の分類重制の無縫塔単制の無縫塔
構成部材基礎・竿(柱)・中台・請花・塔身基礎・請花・塔身
時代古い新しい
塔身の長さ短い長い

無縫塔の語源は「碧巌録」第18則に登場する

無縫塔の語源といわれているのが「碧巌録(へきがんろく)」です。

碧巌録は10巻にもおよぶ中国の仏教書であり、臨済宗で最も重要な書とされています。

碧巌録は100則にわたる語録が納められ、無縫塔の語源は 第18則「忠国師無縫塔」に登場します。

本則

粛宗皇帝、忠国師に問う、「百年の後所須何ものぞ」。
国師云く、「老僧のために箇の無縫塔無縫塔を作れ」。

解釈

中国の唐代中期の禅僧・南陽慧忠(なんようえちゅう)が、最晩年に第7代皇帝・粛宗から「師の死後なにかできることがありますか?」と問われ、「無縫塔を建ててください」。

以下無縫塔とは何かについて、議論が続くものです。

教えの解釈の一例

無縫塔とは塔墓そのものではなく、湘江の南であれ潭江の北の地であれ、その世界全体を仏心とし、無縫塔そのものとみなし、建立することの意味を遺訓として伝えたという。

引用元:https://kyotofukoh.jp/report547.html

国師の言葉、「老僧のために箇の無縫塔を作れ」は「私の死後、坐禅修行を続けて、そのような縫い目の無い塔(無縫塔)に目覚めて下さい。」

引用元:禅と悟り:その総合的アポローチ 碧巌録:その1:1~25則 碧巌録について

このようにさまざまな解釈があります。

無縫塔と五輪塔、宝篋印塔との違いを紹介

無縫塔や五輪塔(ごりんとう)、宝篋印塔(ほうきょういんとう)はいずれも仏教にかかわるものです。

それぞれの歴史や目的、構造などは以下の通りです。

名称五輪塔宝篋印塔無縫塔
読み方ごりんとうほうきょういんとうむほうとう
日本に登場する年代平安時代~鎌倉時代~鎌倉時代~
仏教宗派真言宗天台宗禅宗
構造上段から「空輪」「風輪」「火輪」「水輪」「地輪」から構成され、それぞれ自然の五大元素を表している。上段から「相輪」「笠」「塔身」「基礎」から構成される。下段から「基礎」「竿」中台」「請花」「塔身」または、「基礎」「請花」「塔身」から構成される。
名前の由来5つの輪から構成されていることから。「一切如来心秘密全身舎利宝篋印陀羅尼経(いっさいにょらいしんひみつぜんしんしゃりほうきょういんだらにきょう)」碧巌録 第18則「忠国師無縫塔」
流れ鎌倉末期以降に
は他宗派の僧侶や武士の間で多く用いられた。
高野山にある「織田信長公本廟」も五輪塔が用いられている。
滅罪や延命などのご利益があるといわれ、供養塔や墓碑塔に用いられる。禅宗の僧侶のお墓として用いられていたが、江戸時代以降、大名などの身分の高い人にも広がり、現在では宗派にかかわらず僧侶のお墓のスタイルとなっている。
現在の目的や用途50回忌、33回忌以上の先祖を供養するための墓。100年以上前の先祖を供養するためのお墓。主に僧侶のお墓。

五輪塔の一例

参照:文化遺産オンライン 石塔院五輪塔(伝唯円上人供養塔)

2011年10月、佐賀県の有形文化財(建造物)に指定。

南北朝時代に創建され、地上からの高さは2.5m。二重基壇の上に五輪を四石で積み上げており、種字・銘文は彫られていない。とあります。

石塔院は元寇の勅願祈祷寺として建立された東妙寺の末寺として建治年間に創建されたと言われ、本塔は東妙寺の開基である唯円上人の供養塔と伝えられる。

引用元:文化遺産オンライン 石塔院五輪塔(伝唯円上人供養塔)

宝篋印塔の一例

参照:文化遺産オンライン 乗禅寺石塔 石造宝篋印塔

愛媛県今治市延喜 乗禅寺所有。室町時代前期の作といわれ、1961年3月に国の重要文化財に指定されました。

無縫塔のQ&A

無縫塔と卵塔は同じ意味ですか?

はい、同じ意味です。また卵塔場(蘭塔場)は墓場を指します。

無縫塔を英語で表すと?

「seamless pagoda」と表します。

無縫塔は今でも建てられていますか?

はい、宗派を問わず僧侶のお墓として建てられています。

無縫塔のまとめ

無縫塔は鎌倉時代に禅宗とともに日本に伝わりました。

当初は禅宗の僧侶のお墓として広まりましたが、江戸時代以降は大名や身分の高い人、また宗派を問わず僧侶のお墓として用いられ、現在にも受け継がれています。

無縫塔は卵形の塔身が大変特徴的です。時代が下ると卵形の塔身部分が強調されるようになり、無縫塔の構造も変化していきました。

「碧巌録(へきがんろく)」という仏教書は臨済宗で最も重要な書とされ、碧巌録 第18則 「忠国師無縫塔」が「無縫塔」の語源とされています。

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