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禅宗で呼ばれる法堂とは?読み方や意味、有名な法堂天井図についても紹介!
法堂とは禅宗寺院で僧侶が説法するお堂のこと
法堂とは、主に禅宗の仏教寺院において、僧侶が修行者や大衆などに経典を講義したり、説法したりするためのお堂のことです。読み方は「はっとう」。
仏殿に次いで重要とされている場所でもあります。
仏殿・法堂は禅宗だけの呼び名?
仏殿と法堂、この呼び名は、主に禅宗寺院で用いられます。
禅宗以外の宗派では、仏殿に相当する建物を金堂、中堂、阿弥陀堂などと呼び、法堂に相当する建物を「講堂」と呼ぶことが多いです。
仏殿や金堂、中堂、阿弥陀堂などは、本尊の仏像を祀っている仏堂のことです。宗派によって呼び方は違っていても、寺院において最も重要とされていることに変わりはありません。
なお、戦乱や火災で多くの寺院が失われ、禅宗寺院においても仏殿と法堂が別々に残っているケースは珍しく、どちらか一方を再建し仏殿兼法堂としているところが多いようです。
金堂の「金」は如来となると身体が金色に輝くと言われることから「仏(如来)」を象徴していると考えられています。
法堂の見どころ:天井に描かれている龍の図
法堂には見どころとなる場所があります。それが天井に描かれている龍の図です。
古来から龍は仏教を守護する八部衆の一つで、水を司る神と言われてきました。このことから「仏法の教えの雨を降らす」また「お堂を火災から守る」という願いを込めて、法堂の天井に龍を描く習わしが生まれたと考えられています。
京都最古の禅寺に描かれている壮大な双龍図
現存する多くの法堂には、躍動感・力強さのある龍が描かれていますが、中でも有名なものは京都最古の禅寺である建仁寺の法堂天井画「双龍図」でしょう。
建仁寺は、建仁2年(1202年)に臨済宗の開祖である栄西が創建した寺院です。俵谷宗達筆の屏風画「風神雷神図屏風(国宝)」でも有名です。
建仁寺法堂の天井一面には双龍図が描かれています。畳108畳分とスケールも大きいこの作品は、平成14年(2002年)に迎えた、建仁寺創建800年の記念として、日本画家である小泉淳作が約2年の歳月をかけて手がけた水墨画です。
禅宗寺院の法堂天井には、一匹の龍が描かれることが多い中で、双龍図は阿吽の龍が絡みあう様を描いています。躍動感あふれる構図が特徴で、今にも動き出しそうな迫力に息を飲んでしまいます。
鳴き龍として有名、日本最古の法堂に描かれる蟠龍図
臨済宗相国寺派の大本山である「相国寺」。金閣寺を建立した室町幕府三代将軍・足利義満が明徳3年(1392年)に創建した寺院です。
相国寺法堂は、焼失と復興の歴史を繰り返し、豊臣秀頼の寄進により慶長10年(1605年)に5回目の再建がなされました。今では、重要文化財に指定され、その歴史を伝える日本最古の法堂とされています。
この天井に描かれている「蟠龍図」も見逃せないポイントです。
蟠龍図は、狩野光信の筆で、天井に昇る前の地上にうずくまっている状態の龍を表す、直径約9mにも及ぶ大迫力の円形画です。法堂内の中央付近で手をたたくと天井に反響し、カラカラと音が鳴ります。これが龍の鳴き声のように聞こえることから「鳴き龍」とも呼ばれています。
拝観は春・秋の特別公開のときのみ。一度は龍の下で手をたたいてみたいものです。
法堂に関してよくある質問
まとめ:法堂とは僧侶が説法するための禅宗寺院のお堂
法堂とは、主に禅宗の仏教寺院において、僧侶が修行者や大衆などに説法するためのお堂のことです。本尊の仏像を祀っている仏殿に次いで重要とされています。
また、古来から仏教を守護する八部衆の一つであり、水を司る神とも言われる龍を天井に描いている寺院が多いです。これには「仏法の教えの雨を降らす」というたとえや、「お堂を火災から守る」願掛けが込められていると考えられています。
有名なものには
- 京都最古の禅寺・建仁寺法堂 天井に描かれている双龍図
- 日本最古の法堂・相国寺法堂 天井の鳴き龍とも呼ばれる蟠龍図
などがあります。
禅宗寺院の法堂を訪れた際は、ぜひ天井にも視線を向け、趣を感じてみたいものです。