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霊堂とは?納骨堂のこと?読み方や意味は?有名な霊堂も紹介

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目次

霊堂とは神仏や貴人の霊を祀ったお堂のこと

霊堂とは、神仏や貴人の霊を祀ったお堂のことです。また神や仏のご利益が著しく現れるお堂を指すこともあります。

読み方は「れいどう」。英語訳は「mausoleum」です。

室内墓地や納骨堂を指して使う場合もある

霊堂は、本来の意味に加え、遺骨を納める場所と言う意味で屋内墓地を指して言う場合もあります。屋内墓地は新しい墓地スタイルの一つで、墓石のあるお墓を屋内に作る「室内墓地」と骨壺を屋内に安置する「納骨堂」の二つに分けられます。

室内墓地:施設内に墓石を置いたお墓

室内墓地とは施設内に墓石を置くもので、墓石型、完全霊園型とも言われています。

通常のお墓に墓石を立てる場合と費用面では大きくは変わりませんが、管理も行き届いており、お参りも快適と言われています。

納骨堂:骨壷のまま収蔵するお墓

納骨堂とは、遺骨を墓石に納めたり土に還したりせず、骨壷のまま収蔵するお墓のことです。

都道府県知事の許可が必要で様々な形態があるものの、天候に左右されることもなく、自分たちで掃除をする必要もありません。お寺の敷地内などに設置されることが一般的ですが、都市部では比較的アクセスのよい場所に立地しているものも見られます。

それぞれの納骨堂は、サービスや契約内容により費用面では幅がありますが、契約期間満了や継承者が不在となれば、合祀墓に遺骨を移して供養を続けるというケースが多いようです。

国内で有名な霊堂「宗吾霊堂そうごれいどう

国内で有名な霊堂として千葉県成田市にある宗吾霊堂そうごれいどうがあげられます。

正式名は鳴鐘山東勝寺めいしょうざんとうしょうじ

宗吾霊堂の正式名称は鳴鐘山東勝寺。

桓武天皇の勅命により、征夷大将軍・坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろが房総平定にあわせ、戦没者供養のために創建したと伝わる古刹で、真言宗豊山派の寺院です。

また、江戸時代の義民・佐倉宗吾郎さくらそうごろうの霊が祀られている寺院として、今でも全国の信者が参拝に訪れています。

佐倉宗吾郎とは?

佐倉宗吾郎(本名:木内惣五郎)は、江戸時代前期、下総国しもふさのくに佐倉藩領の義民で、下総国印旛郡公津村いんばぐんこうづむら(現在の千葉県成田市台方)の名主。今から370年前、佐倉藩領主の重税に苦しむ農民を救うため、4代将軍・徳川家綱に直訴し、訴えは聞き届けられましたが、はりつけに処せられたと伝わる人物です。

その後、佐倉藩はその失政を悔い、惣五郎の生前の行いをほめたたえ「宗吾道閑居士」という名をおくったとされています。以来、惣五郎は「宗吾様」と呼ばれるようになり庶民のヒーローとして描かれるようになったと伝えられています。

鳴鐘山東勝寺:宗吾霊堂

所在地:〒286-0004 千葉県成田市宗吾1-558

関連HP:http://sougo.frenchkiss.jp/index.htm

まとめ:霊堂とは神仏などの霊を祀ったお堂や屋内墓地を指す

霊堂は、神仏や貴人の霊を祀ったお堂のことで、日本国内では千葉県成田市の宗吾霊堂(正式名称は鳴鐘山東勝寺)が有名です。

▶︎宗吾霊堂について詳しくはこちら

他にも、新しい墓地のスタイルである屋内墓地を指して使われることもあります。霊堂と呼ぶことがあります。

屋内墓地は、施設内に墓石を置く「室内墓地」と骨壷のまま遺骨を収蔵する「納骨堂」に分類されます。お寺の敷地内などに設置されることが一般的ですが、都市部ではアクセスのよい場所に建てられている場合もあります。

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