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植物状態は眠っているだけ?脳死とどう違う?

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植物状態とは脳幹が機能している状態

植物状態という言葉を聞くと「ベッドの上で眠っているだけ」というドラマのシーンなどを思い浮かべます。世界でも植物状態が死なのかどうかについて議論され、同様に死と同一視されがちな脳死との混同も見られます。この記事では植物状態とは何か、それは死なのか、そして脳死と同じものなのかについて解説していきます。

植物状態と世界での議論

ここでは植物状態を「脳」の状態に焦点を当てて解説します。また、諸外国の植物状態に関する議論や「脳死」との違いも合わせて紹介します。

植物状態とは大脳が機能していない状態*1

植物状態における脳の状態を説明すると、脳幹は機能していますが大脳は機能していない状態とされています。自力呼吸はできますが、意思の疎通や排泄のコントロールができないなどの状態で、その状態が3ヶ月以上続いた場合に植物状態とされます。

目を閉じているだけの状態から、覚醒と睡眠のリズムが戻ることもありますし、大きな音や強い光をあてると目を覚ますことがあります。また、MRIや脳波の検査中に質問や指示を出すと、画像では反応がみられるのに、患者自身からは質問や指示に対して反応しているとの判断は難しいそうです。

植物状態に関する議論

植物状態の人間が生命を維持するには水分と栄養を補給し続けなければなりません。水分と栄養補給を続けるかどうか、つまり植物状態の人間の生死について、世界で議論されています。

フランスでは2008年に植物状態となった男性に栄養補給を続けるかどうかで、2014年に議論となりました。医師からの水分・栄養補給の停止通告を患者の妻は受け入れましたが、患者の両親は反対という立場でした。結局、患者本人が以前から延命治療を受けながら生きていたくないという意思があったことから、裁判では妻側の主張が認められました。

(AFP BBニュース 2015年6月5日  発信地:ストラスブール/フランス)

これは植物状態の人間の生死を生きている人間側が争った事例です。このような事例は裁判にならずとも世界はもちろん日本でも起こりうることなのです。

脳死とは違うの?

植物状態と脳死状態の患者は、どちらもベッドの上で横たわっているイメージで違いはないようにみえますが、脳の状態に関してみると違います。脳死は脳幹も機能していないので、自力で呼吸することもできません。

世界のほとんどの国は脳死を『死』としていますが、日本は2010年の臓器移植法の改定により、本人または家族に臓器提供の意思がある場合のみ、脳死を死として認めています。脳死判定するときは、医師2人で瞳孔が一定以上開いたままかどうかなど5項目の判定を行います。さらに6時間後にもう一度同じ判定を行った上で死として認められるのです。

重要なのは「日本の医療では植物状態を死とは認めていない」ということ。ここが植物状態と脳死との決定的な違いです。次章ではなぜ、脳死を死と認めているのに植物状態は死ではないのか。この理由について脳の機能から説明していきます。

脳のそれぞれの機能*₂

植物状態と脳死状態とでは脳の状態が異なっていることは前述したとおりです。では、ここで脳の機能についてみていきましょう。脳を大きく分けると、大脳、小脳、脳幹に分割でき、それぞれに異なる役割を持っています。

大脳とは

大脳は脳の80%を占めます。物事を記憶して考えることや、運動の指示を出すこと、目や耳から入った情報を解析するなど、人が生活していくために必要な機能を司ります。この大脳が機能しなくなることで植物状態となります。つまり、植物状態は後述する生命維持に関わる「脳幹」は機能している状態で、呼吸はできます。外部からの情報も受け取ることはできているのかもしれませんが、表現することができない状態とされています。

小脳とは*₃

小脳は大脳の次に大きな脳で、主に運動に関わる機能です。大脳からの運動の指示と筋肉や皮膚、耳からなどの情報を受けて、筋肉を動かすなどコントロールします。それによって立つことや歩くこと、座る姿勢を維持していると言われています。また、何度も練習することで、次第にうまくなっていくのも小脳が機能しているからとされています。

脳幹とは

延髄という言葉を聞いたことがあると思いますが、その延髄は脳幹の一部です。脳幹は呼吸や心臓の動きをコントロールすること、体温調節や消化に関わっており、生きていくために重要な機能をします。また脳幹は、低酸素状態でも比較的強いとされています。なぜそこまで守られているのか。それは脳幹が別名「命の座」と言われるように、生命維持の根幹を握る場所だからです。この脳幹が機能しなくなることを「脳死」と呼びます。

脳死は死ではない

こう聞くと脳死とは死とイコールで結ばれるかのように見えますが、実は「脳死」とは「脳が死んでいるだけ」であり、「体は生きている状態」です。その証拠に、患者に生命維持の措置を体に施せば延命が可能な場合もあります。

もともと「脳死」の状態は「死」と同一視されてきました。しかし「脳死」とは「脳幹」が機能していないだけであり、医療技術によって患者の延命の可能性があるため、「脳死」という言葉ができました。つまり「脳死」と死をイコールで結ぶことはできず、ましてや脳死と植物状態、そして死の3つを結びつけることは定義として成り立たないのです。ですが人はこの3つを結びつけたがるもの。それはやはり「目覚めてくれない」からでしょう。しかし、植物状態と脳死の決定的な違いこそが「目覚める可能性の有無」にあるのです。

植物状態から目覚めた例

植物状態から回復することは、まれにあります。ただ事故などで頭に傷を負ったことが原因で植物状態になった場合は12ヶ月以内に意識が戻らないと回復は難しいとされています。心停止や呼吸停止など脳へ酸素が供給されなくなった場合は3ヶ月以内とされています。

それでも植物状態が長く続いたにも関わらず、意識を取り戻した報告があります。

事故後27年ぶりに目を覚ました中東の女性*₄

わが子をかばってバス事故に遭い、植物状態になっていた女性が27年ぶりに目を覚ましました。植物状態の間、状態の改善のためのリハビリや投薬、手術を何度も行っていたそうです。

目を覚ましてからは会話ができるほどに回復し、座る練習などリハビリを続けています。

事故後15年ぶりに意識が少し回復*₅

フランスの研究者が植物状態の男性の胸部に装置を埋め込み、迷走神経に電気を1ヶ月流して刺激を与えたところ、男性の意識が戻ってきたことが確認されました。首を動かしたり、顔をのぞきこむと目を見開いたりといった反応がみられたそうです。とはいえ男性の反応はその時その時ではっきりしないこともあり、回復したかどうか定かではありませんが、脳の画像からは回復したことがはっきりと確認できます。

以前よりは意識が戻ったとされますが、「男性にとって、それはよかったことなのか」という疑問に対して、男性の家族はノーコメント。その研究者は「私だったら、意識がないよりあるほうがいい」という返答でした。

まとめ

植物状態は脳幹は機能していますが、大脳は機能していないとされています。患者は意思表示ができないだけで周辺のことを認識しているかもしれないとされる場合もあり、植物状態の実態は世界的にはまだはっきりとはしていません。

水分や栄養を補給し続けないと生命を維持することはできませんが、補給を続けるかどうか世界でも議論されています。植物状態は死ではない。脳死は死ではない。では死とは一体何なのか。植物状態の患者の生死をめぐる議論から、人間の生死を決めているのは人間本人なのかもしれません。

出典 「死とは何か」(ニュートンムック)

*1:MSDマニュアル

https://www.msdmanuals.com/ja-jp

*2:交通事故サポートセンター

https://secure01.red.shared-server.net/www.toshi-office.com/jiko-13-01nounoshikumi.htm

*3:理学療法学42-8

https://www.jstage.jst.go.jp/article/rigaku/42/8/42_42-8_119/_pdf

*4:BBCニュース

https://www.bbc.com/japanese/48033282

*5:ナショナルジオグラフィック

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/092700365/?P=1

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